こんにちは。
鎌倉市で社会保険労務士をしている北村です。
知性の罠は知性の高低に関わらず、誰にでも牙をむく
先日、デビッド・ロブソン (著)『知性の罠 なぜインテリが愚行を犯すのか』(日経ビジネス人文庫)を読みました。
本書は、知能や教育水準の高い人がなぜ判断を誤るのかを、科学的根拠にもとづいて説明しています。
本書に書かれている人が判断を誤る理由は、知能や教育水準に関わらず、すべての人に当てはまるのではないかと思います。
現に私は知能も教育水準も高くない人間ですが、しっかりと知性の罠にハマっていました。
どうやら知性の罠は知性の高低に関わらず、誰にでも平等に牙をむくようです。
ありがたくない平等ですね。
『春秋左氏伝』に学ぶ過ちを改めることの大切さ
私としては、間違いを犯さないようにすることよりも、知性を正しく用いることの難しさや、人間は騙されやすいという事実を自覚し、過ちを犯したときにはすぐに修正できる柔軟な心を持つことが大切だと思いました。
過ちを改めることの大切さについては、春秋左氏伝にも記されています。
[門、中庭、さらに]三度目に軒下の雨垂れ受けの場所まで進んで、やっと公は士会に目を向け、「過ちはわかっておる。以後改める」と言うと、士会は額を地に着けて答えた。
人は誰にも過ちがあります。過っても改められれば、大変立派なことなのです。
~中略~
君王の礼服に綻びあらば、
仲山甫これを補ひまつる。(大雅 烝民)
というのも、過ちを補ったことを申すのです。君(わがきみ)も過ちを補われれば、礼服(晋の社稷)は捨てられずに済みましょう」
岩波文庫『春秋左氏伝 上』小倉芳彦(訳)
上記の言葉は春秋時代に存在した晋という国の大臣、士会が君主である霊公に向けて発した言葉です。
なんと優しい言葉でなのしょう。
士会は理性によって自分を厳しく律した人物だったと私は思っています。
だからこそ、この言葉には他者への嘘のない思いやりが宿っていると感じます。
SNSにこの優しさが1%でも流通していたら、世界はもう少し平和になるのではないでしょうか
これからも過ちを犯し、その度に改めていく
さて、私はこれからも無数の過ちを犯し、その度に後悔するのでしょう。
そんなときは士会の言葉を思い出し、気持ちを切り替えて過ちを改めていきたいと思います。
